2026年11月3日(火)
いちごの暑さ対策|品種改良と株元の冷却は何が違う?2℃の差を読む
埼玉県の2025年の育苗試験では気化熱を使うポットで培地温が黒ポリポットより約2℃下がり、いちごの花芽分化が早まる傾向が出ました。
いちごの暑さ対策は品種が決めてくれる。最初はそう思っていました。公的な試験成績を読むと品種の比較と同じ重さで株元の温度の話が出てきます。
11月7日(土)16時からテレビ東京で「ブルードリーム」の第4弾が放送されます。予告には「暑さに強いイチゴ」とあります。いちごの暑さ対策を調べていて引っかかったのは「強い」の基準でした。何度の暑さで何を比べた話なのかによって同じ言葉が別の意味になるからです。
放送前なので番組の中身には立ち入りません。農林水産省と県の試験研究機関が出している資料だけでも輪郭はつかめます。
いちごの暑さ対策は品種と育て方の両方にある
いちごは暑さに弱い作物で農林水産省の資料は夏に花を咲かせて実をつけさせるのは容易でないと説明しています。
一般的な品種は一季成り性といって秋に気温が下がり昼が短くなると花になる芽を作ります。本来の旬は4〜5月で温室を使って11月から6月に収穫できるように作られています。夏に無理に咲かせても小玉で酸っぱい実になりやすく7〜10月はアメリカ合衆国などからの輸入が使われてきました(農水省)。
夏秋どりに向くのは一年中花を咲かせて実をつける四季成り性の品種です。以前は品質に難があったものの「なつあかり」や「デコルージュ」のようにケーキや生食に使える品種が相次いで育成されたと同じ資料は書いています。
暑さが効くのは夏の実だけではない
埼玉県は近年残暑が厳しく9月以降も猛暑日となる年が珍しくないとしたうえで、秋口の高温が花芽分化の遅れと定植時期の後退を招き年内の収量を下げていると書いています(2025年)。花芽分化とは葉のつけ根に花になる芽ができ始めることです。ここが遅れると植える時期が後ろにずれて収穫の始まりも遅れます。暑さの影響は収穫期より前の育苗の時期から始まっています。
同じ試験で気化熱を利用する育苗ポットは日平均の培地温が黒ポリポットより約2℃低くなりました。気化熱は水が蒸発するときに周りの熱を奪う働きで、その働きによる培地温の低下を狙った育苗資材が販売されています。花芽分化も早まる傾向があり早生品種の「彩6号」のほうが資材による差は大きく出ています。9月中旬まで高温が続いた年の結果です。
花芽を調べた株は1回あたり6株でした。品種や年が変われば結果も動くと考えるのが無理のない読み方です。
三つの資料を並べると「暑さに強い」は少なくとも三つの意味に分かれます。夏でも花が咲いて実がつくこと。秋口の高温でも花芽分化が遅れないこと。高温の時期でも果実の硬さが保てること。農水省と埼玉県と岩手県の資料がそれぞれ別の場面を扱っています。予告の「暑さに強い」がどれを指すのかは放送を見ないと分かりません。
暑さに強い品種があれば育て方の工夫は不要になる?
不要にはなりません。品種が引き受けるのは暑さへの耐えやすさの一部で残りは栽培側の仕事です。
岩手県の成果書は公的機関が育てた夏秋どり向け品種に4月以降の連続出蕾性と高温時の果実硬度の課題があったと書き、そこを狙って「夏のしずく」を選抜したと説明しています。課題が一つ減った品種にも栽培上の注意は付いてきたわけです。大株になるので株間は25〜30cm以上とされています。秋に果形が細長くなる場合があるとの注記もあります。
品種が変わると育て方の勘どころも変わります。さつまいもは品種で育て方が変わるの記事でも同じことを書きました。作物が違っても考え方は共通です。
いちごの品種改良では何を比べて「強い」と呼ぶのか
いちごの新品種は既存の品種と同じ畑で収量・果実硬度・糖度・酸度などを並べて評価されます。
品種改良の基本は固定種とF1種の違いの記事に書きました。どの方法で作った品種でも評価のしかたは同じです。比べる相手と条件が決まって初めて数字に意味が出ます。
品種の比較表は何を見ればいい?
岩手県の成果書には草姿・草勢・芽数・ランナー発生数の生育特性と収量・果形・糖度・酸度・果実硬度が並びます。調査は2018〜2020年に定植した株の3か年平均です。
商品果収量は出荷できる大きさと品質に届いた実の収量です。小さな実や傷んだ実を除いて数えるので実の数が多いだけでは増えません。果実硬度は摘み取りや運搬のときの傷みにくさに関わり、成果書は硬度が高いと作業性に優れると書いています。収穫や出荷の手間は経営に直結するので味の数字と同じ表に並びます。
収量が多いという結果は同じ試験の条件で比べたときの話です。51%という数字が家庭のプランターでも出るとは限りません。成果書は糖度と酸度が比較品種と同程度にとどまることも正直に書いています。
品種は暑さだけで選ばれているわけでもありません。岩手県の成果書は民間が育成した品種に自家増殖が制限されているものが多いと背景に書いています。「夏のしずく」は農研機構の許諾(無料)を得れば自家増殖できます。苗を自分で増やせることも育成の狙いでした。品種の権利の考え方は種苗法改正の記事に書いています。
国内の試験成績は海外にそのまま当てはめられるのか
当てはめられません。気温も日の長さも病害虫も違えば同じ品種でも結果は動きます。
農業スタートアップのCULTAは2026年3月2日の発表で自社品種「SAKURA DROPS」が高温環境下でも安定した収量と品質を実現できると説明しています。日本とマレーシアでいちごの生産を広げていてシンガポール・マレーシア・香港・タイの小売店で販売しているとも書いています。
品種開発の期間は従来10年かかるところを2年で達成したと述べています。開発が速くなることと高温下の成績が公開されることは別の話です。
発表文には収量が約30%糖度が約40%高まったという記載もあります。何と比べた数字なのかは示されていません。会社発表の数字は比較の相手と条件が公開されるまで参考値として置くのが妥当だと私は考えています。番組で示される成果も放送後の公式情報を待ちたいところです。
ここまでの資料に共通するのは結果が条件つきで書かれていることです。気温と年と品種と比較相手のどれかが欠けた数字は畑に持ち帰っても使い道がありません。数字の裏にある条件まで読むと「強い」の中身が見えてきます。
農業を学ぶなら栽培技術以外に何を見るか
八ヶ岳農業大学校は2026年4月8日に東京大学大学院農学生命科学研究科と連携協定を結びデータ駆動型農業の実証と次世代の農業人材の育成を進めるとしています。
育てる技術と売る仕組みは別の勉強になる
リリースはデータ駆動型を、データの収集と蓄積と解析とモデル化と解析結果にもとづく意思決定を循環して行う方法と説明しています。同校はテクノロジーとサイエンスとマーケティングを軸に農業の高度化に取り組んでいます。
東京大学側はゲノム情報とAIと環境データを組み合わせた研究を進めていて、圃場で作物の生育を計測し解析することで栽培と品種改良の高度化を目指すとしています。品種と栽培を同じデータで見ようとする動きです。
栽培の成績が良くても売り先の価格や人手や資材の費用が合わなければ続きません。品種の比較表が示すのは畑の中の話にとどまります。収量が35%多い品種を入れても作業の手間が増えて採算が合わなくなる年は十分にありえるでしょう。
この4つの工程は家庭菜園の手帳にもそのまま置き換えられます。
収量だけで決めると手間や苗代を忘れます。苗の値段と植え替えの手間と水やりにかけた時間を費用の欄に足しておくと翌年も続けられるかが見えてきます。
AIに任せる部分と人が決める部分は分かれる
AIの具体的な役割は番組を見てから確かめます。リリースが書いているのはAIやセンシングデータを生産管理と意思決定に活用していることまでです。判断をすべて任せられるとは書かれていません。
AIが出す数字にも前提があります。どの温度でどの品種をどう育てた記録から出した数字なのかを畑にいる人が確かめる必要は残ります。2050年に食料危機は起こる?の記事で触れたとおり気候の変化に農業が追いつけるかは現場の観察の積み重ねにも左右されます。
家庭菜園でいちごの暑さを記録する|見沼の畑で残したい観察シート
家庭菜園でいちごの暑さ対策を見直すなら品種名と植えた日と天候と水やりと生育と収穫の6項目を毎回同じ順で書き残すことが出発点です。
いちごは秋に植えて翌春に収穫する作物なので暑さが関わる場面は二つあります。苗を育てる夏から秋口と実がつく初夏です。苗を買って植える家庭菜園では前者は苗の産地に任せる形になるので自分の畑で暑さを受けるのは初夏の収穫期だと私は考えています。苗の入手先と苗の状態を記録に残すのはそのためです。
観察シートには何を書く?
手帳1冊で足ります。見沼の畑でも同じ形式で残したいと考えています。
書き方の例です。「6月第2週・晴れ・最高34℃・朝に水やり・昼の株元の地温31℃・実が赤くなり始めた」。数字は架空ですがこの程度の短さで続けられます。長い日記は3週間で止まります。同じ形で3年続くと猛暑日の多い年と少ない年を並べて見られるようになります。
株元の地温も一度測っておくと品種の話と栽培の話を分けて読み返せます。埼玉県の試験で約2℃の差が出たのは気温ではなく培地温でした。
苗を選ぶときは売り場の「暑さに強い」の表記が何を指すのかを尋ねてみてください。夏の実のつきなのか育苗期の花芽の出方なのか。答えが返ってこなければその品種は自分で記録を取って確かめる対象になります。
暑さへの手当てはいくつか試せます。プランターを地面に直置きせず台に載せる・午後の日陰に動かす・株元に敷きわらを敷く・水やりを朝の涼しい時間にそろえる。ただし一度に全部変えると何が効いたのか分かりません。1年に1つだけ変えて変えた日を記録します。
1年の記録から何が言える?
単年の記録だけでは暑さの影響も品種の優劣も言い切れません。年ごとに天候が違い株ごとの個体差もあります。岩手県の試験が3か年の平均を取っているのはそのためです。
記録の役目は答えを出すことではなく翌年の問いを具体的にすることです。「7月に猛暑日が多かった年は収穫が何日早く終わったか」まで書いてあれば次に試すことが決まります。夏野菜の暑さ対策は猛暑対策のヒントの記事にまとめてあるのでいちごと並べて読み返せます。
暑さに強い品種ができれば育て方は楽になる。そう思っていましたが試験成績は品種と株元の温度を同じ重さで扱っていました。見沼の畑で書き残した数字が次の栽培に役立つのは早くても来年の夏以降です。
- 農林水産省「夏にイチゴを作ろう!」(農林水産技術会議)
- 埼玉県「育苗ポットの培地温を下げて暑い夏でもイチゴの花芽分化を遅らせない!」(2025年)
- 岩手県農業研究センター「夏秋どり栽培向け四季成り性いちご品種「夏のしずく」」(令和4年度試験研究成果書)
- 株式会社CULTA プレスリリース(2026年3月2日)
- 八ヶ岳農業大学校と東京大学大学院農学生命科学研究科の連携協定(2026年4月)
- テレビ東京「ブルードリーム」公式サイト
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